【第3回】『立ち止まる時間を、一杯のウイスキーとともに』ブライオニー・ホアが語る野沢温泉シングルモルトの魅力
一杯のウイスキーで、野沢温泉を感じる。ブライオニー・ホアが語る土地と時間の味わい
前回は、野沢温泉蒸留所が取り組む独自のウイスキー造りや、発酵・熟成・ブレンドによって生まれる複雑な香りと味わいについて、ブライオニー・ホアさんにお話を伺いました。
30年近くワイン造りに携わってきた彼女にとって、お酒造りとは単に美味しい味を生み出すことではありません。その土地の気候、水、自然、そして人々の営みを一本のお酒に映し出すことでもあります。
今回のインタビューでは、野沢温泉という土地に古くから受け継がれてきたものがどのようにシングルモルトウイスキーの中に表現されていくのかに迫ります。
冬の厳しい寒さと夏の暑さが生み出す熟成環境、世界でも唯一無二ともいえる湧き水、そして野沢温泉の自然や風土が育む味わい。
ブライオニーさんが目指しているのは、野沢温泉にすでにある物語を感じ取り、ウイスキーという新しい形で表現することなのかもしれません。
さらに、完成を迎える野沢温泉蒸留所のウイスキーを、どのように楽しんでほしいのか。彼女が語る「立ち止まる時間」としてのウイスキーの魅力についてもお届けします。
野沢温泉を訪れることと、一杯のウイスキーを味わうこと。そのどちらにも共通する、心を整え、五感でその場所を感じる体験とは――。
野沢温泉の気候が育む、唯一無二のウイスキー熟成
雪が積もった源泉・麻釜(おがま)。
夕陽に染まる夏の野沢温泉
ウイスキーの熟成期間を決めるのは、単純に「何年」という時間だけではありません。樽が置かれる土地の気候や温度変化もウイスキーの味わいを形作る大切な要素です。
野沢温泉では、厳しい冬と暑い夏が樽の中のウイスキーにゆっくりと個性を刻み込んでいきます。
編集部:ご自身が求めていた味わいや風味に達するまで、「3年」かかるということはあらかじめ分かっていたのでしょうか?それとも、もっと長く樽に入れておく可能性もありましたか?

ブライオニー:そうですね、事前に確実に予測することはできません。うまくいってくれることを願うばかりです。
実は2年熟成の段階で一度チェックしてみて、「これはすごく良い状態になりそうだ」と感じていました。
例えば、スコットランドのように涼しい場所であれば、気候が寒いため、もっと熟成に時間が必要になるでしょう。
ここ野沢温泉村は冬は非常に寒いですが、夏はとても暑くなります。この急激な「寒暖差」がウイスキーにどう影響するかを学ぶことが重要でした。
一定して涼しい気候の場所に比べて、野沢温泉のような激しい温度変化がある場所では、ウイスキーの熟成がより急速に進むのです。
野沢温泉で生まれるウイスキーの味わいは、蒸留所の技術だけで作られるものではありません。野沢温泉の気候そのものが、時間をかけてウイスキーに個性を与えているのです。
寒暖差を味方につける、野沢温泉蒸留所の熟成哲学
野沢温泉蒸留所に並ぶウイスキーの樽
ウイスキーの熟成にとって温度は重要な要素の一つです。
野沢温泉の冬の厳しい寒さと、暑い夏の環境を均一に整えるのではなく、野沢温泉にすでにある自然の変化そのものを受け入れ、それぞれの樽に異なる個性を与えるものとして活かしています。
編集部:てっきり、樽は常に一定の温度に管理された部屋(恒温室)で保管されているものだと思っていました。温度変化があっても問題ないのですね。
ブライオニー:はい、むしろその温度変化をウイスキー造りに活かしているんです。
樽のラックを見ていただくと分かるのですが、一番上の段にある樽と、一番下の段にある樽では、熟成の進むスピードが全く異なります。
そして、それこそが素晴らしいことなんです!熟成スピードが違うことで、それぞれ異なる風味が生まれ、より複雑なウイスキーになります。
上の段にある、より暖かい場所の樽は、よりリッチで黄金色に輝き、甘いハチミツのようなノートを強く発達させます。一方で、下の段にある樽は、少し穏やかでエレガントなキャラクターを保ちます。最後にそれらをブレンドして、一つにまとめ上げるのです。
もうひとつの要素は「樽のサイズ」です。大きな樽を使うか、小さな樽を使うかによっても、ウイスキーの風味は大きく変わってきます。
一つ一つの樽が異なる環境で育つことで生まれる個性。それらを最後にブレンドして一つの味わいにまとめることで、野沢温泉という土地が持つさまざまな表情を、一杯のウイスキーの中に表現していくのです。
野沢温泉の湧き水が刻む「土地のDNA」
野沢温泉の湧き水
編集部:野沢温泉という村の精神(スピリット)や、この土地にまつわるストーリーを表現するような、特別な香りや目指した方向性はありますか?
ブライオニー:私にとって最大の要素は、やはりこの「湧き水」を使っているということです。
野沢温泉村で熟成されたウイスキーには、まさに「野沢温泉のDNA」が染み込んでいます。この湧き水を取り入れることは、ウイスキー造りにおいて本当に大きな意味を持っています。
実際、ボトルの中身の半分以上は、この素晴らしい場所から湧き出た水なのですから。これは本当に並外れたことであり、このウイスキーを唯一無二の存在にしています。
世界中どこを探しても、この水はここにしかありません。本当に特別なことです。
ボトルの中に入れるのは、蒸留所で生まれたウイスキーだけではありません。そこには、野沢温泉の山々から湧き出し、この土地で人々の暮らしを支えてきた水も含まれています。野沢温泉にすでにあるものをそのまま受け取り、一杯のウイスキーとして新たな形にする。
そこに、この土地ならではの酒造りがあります。
シングルモルトウイスキーを味わう、最初の一杯の楽しみ方
編集部:特にこのシングルモルトウイスキーを味わうにあたって、おすすめの飲み方はありますか?
ブライオニー:今回リリースするシングルモルトに関しては、ぜひ最初はストレートで味わっていただくのが完璧だと思います。それが、バニラや焼き菓子のような繊細なキャラクターを最も美しく引き出してくれるからです。
「立ち止まる時間」を届ける、野沢温泉ウイスキーの魅力
野沢温泉のブナ林
ブライオニーさんがウイスキーを通して届けたいと考えているのは、そうした野沢温泉にすでに存在する「時間の流れ」そのものなのかもしれません。
編集部:このウイスキーが最も輝く、特定の季節やシーン、シチュエーションなどはありますか?
ブライオニー:私にとってウイスキーとは、「心を落ち着けて、立ち止まりたい時」に飲むものです。自分だけの時間、穏やかな瞬間を取り戻したい時のための飲み物です。
シングルモルトは、急いでグイッと飲むようなお酒ではありません。
一口ずつ、ゆっくりと時間をかけて味わうことを、自然と促してくれるお酒です。私にとって、それは「リセット」のような感覚です。
このウイスキーをグラスに注いで一息つくことは、自分自身を一度立ち止まらせ、頭を休ませるための、素晴らしい「口実」になります。
私たちはみんな、信じられないほど忙しい日々を送っていますよね。だからこそ、ウイスキーを飲むことが、忙しい日常の中で「少しだけ立ち止まるチャンス」をくれるのだとしたら、本当に素敵なことだと思います。
それは、野沢温泉村という場所を訪れることと、とてもよく似ています。野沢温泉村に来ることもまた、立ち止まり、深呼吸し、心身をリセットするための機会ですよね。
このウイスキーを飲むことも、まさにまったく同じコンセプトなのです。
一気飲みなんてせずに、一度立ち止まって、じっくりと味わいを感じ、頭の中の重い考えごとをすべて洗い流してみる。
常に走り続けている忙しい現代人にとって、そうやって「強制的に立ち止まる時間」を持つことは、人生においてとても大切なことだと思います。
次回予告
野沢温泉を訪れたときに感じる「立ち止まる時間」。
それは、野沢温泉村に昔から流れているものなのかもしれません。ブライオニーさんは、その時間や空気をウイスキーという新しい形に映し出し、一杯を味わう人に届けようとしています。
次回、最終回となる第4回では、野沢温泉蒸留所が考える未来、ファーストリリースに込められた想い、そしてブライオニーさんが願う「10年後、20年後に愛されるウイスキー」についてお話を伺います。