「本物の土」を蒸留しようとした。野沢温泉蒸留所が追求する“究極のテロワール”とは?

「野沢温泉村の魅力を一言で語り尽くすのは難しい。だから、私たちはその個性を3つの物語に分け、さらに村の季節や文化を映し出すシリーズへと広げていったんです」
そう語るのは、野沢温泉蒸留所の蒸留責任者・サム(ヨネダ・イサム)。

連載第1回では、野沢温泉蒸留所の背景にある「循環」の哲学についてお届けしました。
第2回となる今回は、いよいよその「中身」に迫ります。一口飲んだ瞬間に野沢温泉村の風景を想起させるためのこだわり。それは、時に「本物の土」を蒸留しようとするほどの、探求の連続でした。
今回も蒸留責任者であるサム自らが、それぞれのラインナップに込められた緻密な想いと物語を語ります。
『NOZAWA GIN』:「山の森」がテーマ。野沢温泉村の空気を詰め込んだシグニチャー

「海外からのお客さまが帰国してこのボトルを開けたとき、一瞬で野沢温泉の風景を思い出せるような香りを作りたかったんです」
シグニチャーである『NOZAWA GIN』は、標高の高い「山の森」がテーマ。キーとなるのは、サムたちが実際に森を歩き、手で触れて選んだ杉、クロモジ、そしてカキドオシです。
「私たちが大切にしたのは『アーシー(大地の力強さ)』な質感。オーナーからの『もっと土の香りを出したい』というオーダーに応えるため、スタッフが実際に本物の土を蒸留してみたこともありました(笑)。最終的には、杉の葉が持つパイン(松)のような柑橘感をレモンで持ち上げ、カキドオシの野生味を他のボタニカルで補強することで、理想の『大地の味』に辿り着いたんです」
このレシピ完成までには、熱いドラマがありました。オーストラリア人でワイナリーを経営する取締役ブライオニー氏、そして京都蒸溜所での経験を持つ元木氏。サムを加えた3人のブレンディングチームは、ボタニカルを1つずつ別々に蒸留しては組み合わせ、時に激しいディスカッションを繰り広げながら、この複雑なハーモニーを作り上げました。

「ウッディなジンを飲み慣れていない海外のゲストは『ジンでこんな表現ができるのか』と驚き、村民の方は『村の魅力をこんな形で出せるなんて』と喜んでくれます。その声が何より嬉しいですね」
ロックで飲むことで、氷が溶ける(加水)の影響により柑橘から重厚な杉へと味わいが変化。ソーダ割りであれば、泡から弾ける柑橘の香りを存分に楽しむことができます。
『CLASSIC DRY GIN』:「村のメインストリート」を表現。007が愛するマティーニを、野沢の街角で

森を表現した『NOZAWA GIN』に対して、『CLASSIC DRY GIN』が描くのは、人々が活発に行き交う「村のメインストリート」です。
「イメージしたのは、007のジェームズ・ボンドがタキシードでマティーニを飲んでいるような、都会的で洗練されたシーン。あえて野沢を前面に出しすぎず、伝統的なロンドンドライジンのレシピ(ジュニパーベリー、オリスルート、コリアンダー等)をベースに据えました」
ジンの原産国であるイギリスの伝統的なロンドンドライジンをベースにしながら、味わいの中には「和のパンチ」が潜んでいるのも『CLASSIC DRY GIN』の特徴。ワサビなど様々な素材を試した末に辿り着いたのは、山椒とレモンの組み合わせでした。

「ビアフランカレモンのシャープな酸味と山椒の刺激が、驚くほどモダンなインパクトを与えてくれます。イベントでは意外にも、普段焼酎を飲まれる方から『このピリリとした刺激が面白い!』と支持されることも多いんです」
ロック、ソーダ割りで楽しむのはもちろん、『CLASSIC DRY GIN』で作るマティーニは唯一無二の存在感があります。また、サムいわくボタニカルで使用している山椒や生姜といった素材がパレットクレンザー(口直し)的な役割を果たしてくれるため、食中酒としても最適。特に、お刺身などの繊細な和食と合わせることで最高のマリアージュ体験となります。
『IWAI GIN』:「山麓の風景」を閉じ込めた1本。桜餅が教えてくれた「クリーミー」な幸せ

シグニチャー3部作、最後の1本は果樹園が広がる「山麓」の風景。春の訪れと収穫を祝う、フローラルな一本が『IWAI GIN』です。
「りんごなど、色んな果物をサンプルでいただき実験蒸留した中で辿り着いた味わいです。キーとなる味わいは、すもものすっきりとした甘みに、桜の葉の香り。この桜の葉が、驚くほど桜餅のようなクリーミーな口当たりを生み出してくれたんです」
季節が変わり、グリーンシーズンの収穫を祝うような華やかな風景をイメージしたという『IWAI GIN』。他の2本では「ビアフランカレモン」を使うのに対し、はあえて「マイヤーレモン」を採用しています。
「シャープですっきりとした味わいのビアフランカは桜の葉の味わいを少し邪魔する印象がありました。そこで、マイヤーレモンを試してみたら見事にハマりました。オレンジとレモンの交雑によって生まれた品種なので、ビアフランカよりもまろやかで少し甘みのある味わいに仕上がっています」

ドライなイメージの強いジンですが、『IWAI GIN』を表現するならば“クリーミー”。極めてフルーティーさが強いクリーミーな口当たりは、まるで「桜餅」のよう。ドライジンに馴染みのない入門者が初めて口にする1本としてもおすすめです。
トニックウォーターで割ることによって、キーボタニカルであるすももの香りがより強く感じられます。また、サム個人的なおすすめとして挙げてくれたのがデザートとのペアリング。バニラアイスと一緒に楽しむのがベストなのだそう。
『SHISO GIN』:流行中の「ピンクジン」に対する野沢温泉村からのアンサー。リンゴの枝が支える紫蘇のハーモニー

海外で人気の「ピンクジン」を、日本らしいアプローチで解釈したのが『SHISO GIN』です。同じ野沢温泉村にあるカフェ『サンアントン』で販売されている紫蘇ジュースがインスピレーションの源になっており、青紫蘇、赤紫蘇の2つの要素が組み入れられています。
「青紫蘇は蒸留してミントのような清涼感を出し、赤紫蘇はエグ味を避けるためにサンアントンのジュースを加水の一部として加えています。ラインナップの中では良い意味でも一番ジンっぽくないフルーティーな1本です」
紫蘇のニュアンスをさらに引き立てているボタニカルが、アップルウッドです。
「このジンで最も面白いのが、リンゴの『果実』ではなく“木の枝”を使ったこと。蒸留してみると枝の方がリンゴのニュアンスが強く、ジンの骨格をしっかりと支えてくれるんです」

紫蘇のハーバルさとリンゴの風味が融合したこの味は、以前タイからのツアー客が「全員が自分へのお土産に買った」というエピソードがあるほど、国境を越えて愛されています。
ソーダ割りや紫蘇をテーマにしたカクテルで楽しむのはもちろん、冬はお湯割りでいただくのもおすすめです。
『Barrel Aged Gin』:ウイスキー造りへの「序章」を感じさせる、遊び心から生まれた“熟成”の旨み。

「ウイスキーも造っている私たちだからこそ、樽使いの技術を見せたかった。最初はちょっとした遊びや、練習のつもりだったんです」
ジン蒸留に加え、現在ウイスキー造りも積極的に行なっている野沢温泉蒸留所。その探究心が感じられる意欲的な1本が『Barrel Aged Gin』です。
「『CLASSIC DRY GIN』を新樽に入れたら山椒の良さが消えてしまったり……日々失敗と発見の連続ですが、現在もワクワクするような組み合わせを試しています。度数55%の力強さと、加水による味わいの変化をじっくり堪能してほしいですね」とサムが語るように、バッチによりまるで異なる個性を表現している『Barrel Aged Gin』。
世界的に権威のある国際品評会サンフランシスコ・ワールド・スピリッツ・コンペティション2024(SFWSC2024)でBest of Class(ベストオブクラス)を受賞した1stバッチは、『IWAI GIN』をバーボンとメープルシロップが貯蔵されていたアメリカンオークで4ヶ月間熟成させた、リッチでデザートのような味わい。

一方の2ndバッチは、『NOZAWA GIN』をシャルドネの熟成に使用したフレンチオーク樽で21ヶ月熟成させた1本と、今後も意欲的な組み合わせで“熟成ジン”を生み出していく予定です。
いずれの熟成ジンも55%程度とアルコール度数が高いのが特徴的。加水によって変化する味わいを楽しむためにも、ロックでいただくのがおすすめです。
『DOSO GIN』:燃え盛るブナの木から生まれた、歴史の継承を想わせる1本

連載第1回でも触れた、野沢温泉村を象徴する伝統的な儀式「道祖神祭り」。その魂を宿したのが『DOSO GIN』です。実際にお祭りで火入れされたブナの木をボタニカルとして再利用しています。

「村のコミュニティを象徴する『ほうじ茶』を加え、スモーキーなフレーバーを演出しました。生姜、シナモン、そして少しの鷹の爪。燃える社殿のようなスパイシーさを目指しましたが、スモーキーすぎてベーコンのような味にならないよう、絶妙なバランスで留めています」

ラベルにはその年の「同級会」の名前が刻まれ、村の歴史が液体として記憶されていく、魂の1本は木のコンディションによっても味わいが変化する、まさに「生きた歴史」の証。毎年1月と寒い時期にリリースされるので、お湯割りで楽しむことがが最高のご馳走になります。
『OBUSE GIN』:栗の皮と家族のルーツ。カレー粉の先祖が導いた味

元々は『Autumn Gin』というネーミングであったように、秋の風景を写したかのような味わいを目指したという『OBUSE GIN』。北信州の秋を象徴する味わいを目指したという1本に使われているのは、小布施町で収穫された栗の“鬼皮”です。毎年9月〜10月中旬にかけて収穫される栗ですが、加工の過程では全体の約4割を占める鬼皮・渋皮・使い切れない実などが発生します。この“捨てられてしまう栗の部分”が持つ苦味や渋みの個性に着目して生まれたサステナブルな1本になっています。
「小布施の栗の実を蒸留したところ、お酒が濁ってしまったため廃棄される予定だった“栗の鬼皮”でトライしてみました。皮を使うことで、甘みではなく深い『渋み』と香ばしさが、素晴らしいエッセンスとして加わりましたね」
また、信州のエッセンスを強めるべく加えられたのが「韃靼(ダッタン)蕎麦」。通常の蕎麦よりもナッツのようなテイストが強い点が、ジンにマッチするということで採用されました。

さらに驚きなのが、ジンとしては珍しい「ターメリック」も使用されている点。これには、サムのルーツが関係しています。
「私の曽曽祖父は、日本式のカレーが存在しない時代にハーブやスパイスをブレンドして日本風カレーを作り上げたとされる人物です。そんな私の家族からのインスピレーションを得て、長野県産のターメリックを加えて仕上げました」
蒸留工程では、少々甘口のジンに仕上がると予想されましたが、完成した『OBUSE GIN』は苦味と渋みを程よく感じるドライジンに。ラベルで使用されている葛飾北斎のアートも非常にインパクトがあります。
ソーダやトニック割りといったシンプルな飲み方に加え、このジンのボタニカルの異なる側面を楽しみたいのであればリンゴジュース割りがおすすめ。甘いリンゴの異なるエッセンスが加わった絶品カクテルに仕上がります。
いつか完成させるべく「The Spirit of NOZAWA」を目指して

野沢温泉村の異なる景色を瓶に閉じ込めた『NOZAWA GIN』『CLASSIC DRY GIN』『IWAI GIN』3つのシグニチャー。そして、信州の春夏秋冬や歴史を感じさせる『Barrel Aged Gin』『DOSO GIN』『OBUSE GIN』。
これまでも様々な風景を描いてきた野沢温泉蒸留所が、最終的な目標として掲げているのが『The Spirit of NOZAWA(野沢の魂)』を造ることだと、サムは話します。
「作りたいのは、究極の『The Spirit of NOZAWA』。今はベースのアルコールを購入していますが、いつか野沢温泉村のお米や小麦から、自分たちの手で原料アルコールを作り、すべての素材をこの村のもので完結させたいです」
『The Spirit of NOZAWA』を目指した挑戦は、まだまだ始まったばかり。究極の1本を造り上げるまでの轍として生まれる、様々な景色を詰め込んだジンのラインナップをぜひ味わってみてください。