【前編】THE SPIRIT OF NOZAWA, CONTINUALLY REBORN. 野沢温泉で受け継がれてきたものを、新しい形で次の世代へ。

今日、野沢温泉に降った雪や雨は、長い時間をかけて山に浸透し、いつかこの村の湧き水になります。

雪や雨が山に染み、やがて湧き水となる。その水が人々の暮らしを支え、温泉を育み、そして今、新しいウイスキーを育てようとしています。

2026年11月、野沢温泉蒸留所から初めてのシングルモルトウイスキーが正式にリリースされます。

3年前にジンの蒸留から始まった私たちにとって、新しい章の始まりです。

私たちが当初からつくりたかったのは、単に「野沢温泉で造られたウイスキー」ではありませんでした。

野沢温泉には、何世代にもわたって受け継がれてきたものがあります。

雪と水。
温泉。
スキー。
祭り。

そして、それらを守り、次へ渡してきた人々。

古いものをそのまま保存するのではなく、その本質を受け継ぎながら、今の時代に新しい意味や役割を与え、次の世代へ渡していく。

それが、

「THE SPIRIT OF NOZAWA, CONTINUALLY REBORN.」

という、野沢温泉蒸留所のウイスキーに込めた考え方です。

なぜ、ウイスキーなのか。

なぜ「世代をつなぐ」という思想なのか。

そこには、ブランドディレクター八尾良太郎が幼少期からこの村で過ごし、移住し、祭りやスキー文化、地域づくりに関わる中で感じてきた、野沢温泉という村そのものへの想いがあります。

企業のブランドをつくる仕事から、地域そのものの価値を見つけ、未来へつないでいく仕事へ。

野沢温泉蒸留所ブランドディレクター、八尾良太郎。
幼い頃からスキーを通じて野沢温泉に通い、約14年前に村へ移住した。

八尾が今取り組んでいるのは、いわば「地域のクリエイティブディレクター」です。

2歳から通い続けた村。すべての原点はスキーだった。

2歳の頃から毎冬のように通った野沢温泉。すべての始まりは、スキーだった。
アメリカのスキーアカデミーでともに10数年後に学ぶことになる野沢温泉出身の森雪さんと。

東京生まれの八尾が野沢温泉に通い始めたのは、2歳の頃。

両親がスキーをしていたことから、幼い頃から毎年のように村を訪れ、自身もアルペンスキーにのめり込んでいきました。

「僕にとって野沢温泉は、最初はスキーの村でした。両親もスキーをしていたので、小さい頃から親の世代、さらに野沢温泉出身の日本を代表するスキーヤーとも自然に交流していました。

野沢温泉では、スキーは単なるスポーツではないんです。子どもたちが村の先輩から教わり、その子どもが成長すると、また次の世代に教えていく。そういう循環が野沢温泉スキークラブを中心に100年以上続いています」

人口3,300人ほどの小さな村でありながら、野沢温泉は長年にわたり日本のスキー文化を支え、多くのオリンピック選手やトップアスリートを輩出してきました。

八尾自身も、子どもの頃からそうした選手や指導者たちを身近に見て育ちました。

「すごい選手が一人出て終わりではないんです。その人が次の子どもたちに手本を見せて、教えて、また次の選手が育つ。僕が野沢温泉ですごいと思うのは、個人の才能だけではなく、人を育て続ける文化そのものなんです」

スキー選手を引退し、社会人になった八尾は、クリエイティブエージェンシーを経て、日本コカ・コーラでブランドやクリエイティブに関わる仕事に携わります。

世界的なブランドが、製品そのものだけではなく、デザイン、コミュニケーション、体験まで含めて、人々との関係をどうつくっていくのか。

その現場で学んだ経験は、後の野沢温泉での活動にもつながっていきます。

そして当時日本コカ・コーラのクリエイティブチームの上司だったのが、後に野沢温泉蒸留所をともに立ち上げるデイビッドでした。

仕事とスキー。

一見別々だった二つの世界が、後にこの村で交わることになります。

壊されるはずだった建築を、次の世代へ

子どもの頃、スキー合宿で泊まっていた野沢温泉ロッヂ。
このロッヂの取り壊しの話を知ったことから、八尾と村との新しい関係が始まった。

約14年前、八尾は野沢温泉へ移住します。

その大きなきっかけとなったのが、子どもの頃にスキー合宿で泊まっていた「野沢温泉ロッヂ」でした。

久しぶりに訪ねると、当時のオーナー、山口肇先生のご家族から、野沢温泉ロッヂを取り壊す予定だと聞かされます。

「野沢温泉ロッヂは存在感がとてもあって、小学生の頃から、すごく不思議で、印象的な建物として記憶に残っています。子供達はロケットハウスとかドングリハウスって親しみを持ちながら呼んでました。

後になって、それがル・コルビュジエの弟子、日本を代表する建築家の吉阪隆正さんが設計した建築だと知りました。

その野沢温泉のアイコン的な建築がなくなると聞いて、どうしてもそのままにできなかったんです」

翌日、八尾はオーナーへ手紙を書きました。

オーナーがバリアフリーの新しい家を必要としていると知り、「野沢温泉ロッヂの目の前に土地を買って、私がバリアフリーの家を建てるので、この建物と交換してもらえませんか」と手紙を書き、提案しました。

「今考えると、かなり大胆なアイデアですよね(笑)。

でも、僕が子どもの頃に泊まっていた野沢温泉ロッヂを、自分たちの世代で壊してしまうのではなく、次へ残せるなら残したかった」

受け継いだ野沢温泉ロッヂは、その後も宿泊施設として通年で運営、2024年には国の登録有形文化財となりました。

 文化庁「文化遺産オンライン」野沢温泉村の文化財情報⁠

八尾は振り返ります。

「今やっていることの原点も、そこにあったのかもしれません」

受け継ぐとは、ただ現状維持することではない。今の時代に必要な役割を与えながら、次へ渡していく。

この考え方は、後の蒸留所づくりにもつながっていきます。

今日の雪や雨が、未来の水になる村

雪はやがて水になり、温泉となって村の暮らしを支える。
野沢温泉では、今日降る雪が未来につながっている。
山に染み込んだ雪や雨が、長い時間を経て美味しい湧き水となる。
この水が、野沢温泉蒸留所の酒づくりの原点でもある。

野沢温泉で家族と暮らし始めた八尾が、この村の「時間」について強く意識するきっかけとなったのが、水でした。

村には13カ所の外湯があり、地域の人々が「湯仲間」という仕組みを通して掃除や管理、保全を担っています。

生活のための温泉でありながら、ルールを守れば村を訪れた観光のお客様も利用できる。

そして山からは、豊かな水が湧き続けています。

「村の人から、今日降った雪や雨が、長い時間をかけて山に染み渡り、将来の湧き水や温泉になるという話を聞いたんです。

それを聞いたとき、時間のスケールや価値観が一気に変わりました」

今日、自分たちが自然や水をどう扱うのか。

その結果を受け取るのは、自分たちではないかもしれません。

「もし今日、僕たちが環境に悪いことをすれば、その影響を受けるのは次の世代かもしれない。

逆に、今きちんと守れば、素晴らしい価値や文化は未来へ残っていく。

『次の世代のために』という言葉を、これほどリアルに感じられる場所はなかなかないと思います」

子どもたちと考えた、100年後の野沢温泉

野沢温泉の仲間や子どもたちとつくった、野沢温泉の絵本。
「循環」を次の世代と考えるために生まれた絵本『ぐるぐるめぐる 野沢温泉のちいさなせかい』~100年後もつなぐあたたかな村の物語~。

 

『ぐるぐるめぐる 野沢温泉のちいさなせかい』~100年後もつなぐあたたかな村の物語~。

 

スキーを教わった子どもが、いつか教える側になる。
スキーを通じた世代の循環は、八尾自身の家族にも続いている。
未来の野沢温泉をつくるのは、今この村で育つ子どもたち。

この「循環」を、大人だけの思想で終わらせたくない。

そんな考えから生まれたのが、野沢温泉の仲間たちと制作した絵本「ぐるぐるめぐる 野沢温泉のちいさなせかい」です。

テーマは、循環。

年間60万人が訪れる日本屈指のスノーリゾートであり、今やインバウンドで沸き立っていますが、その光の裏側では、急激な土地価格の高騰による若者世代の転出、文化の担い手不足、そして「外の資本」による開発が進み、村本来のコミュニティが失われかねない危機に直面しています。

「このままでは、村の誇りがリゾートの中に埋もれて消えてしまう。」 100年後も野沢温泉村が野沢温泉村らしくあり続けるための「文化の種まき」として、野沢温泉の仲間や信頼するクリエーターに協力してもらい絵本プロジェクトを立ち上げました。

「環境を守ろう、と言うだけではなかなか自分事にならないと思うんです。

でも、今日降った雪が、未来の自分たちの水になるかもしれない。

そう考えると、急に時間が自分とつながる。

子どもたちが大人になったときにも、この村が素晴らしい場所であり続けるために何ができるのか。そこを一緒に考えたかったんです」

ウイスキーも、同じように長い時間の中で育つものです。

今仕込んだものを飲むのは、自分ではなく、未来の誰かかもしれない。

だからこそ「次の世代」という考え方は、ウイスキーとも自然につながっていきます。

祭りが教えてくれた「いいとこ取りをしない」ということ

  三夜講の仲間たちと社殿を組み上げていく様子。
立派な社殿を建てるために長い期間準備し、本番に間に合うように組み上げていく。
大変な作業の中で、あんちゃ(先輩)から教えていただくこと、おっさ(後輩)に伝えること、同級生で共有することが縦と横で繋がっていく。
 
野沢温泉の同級会「友生会」。1/15日に友生会と道祖神の社殿を組み上げた。
祭りのあとも定期的に同級会が開催され、野沢温泉の未来について語り合う。

 

祭りは見るものではなく、受け継ぐもの。八尾も三夜講の一員として、約4年間その担い手となった。 Photo: Yuji Tokuda

 

 

水と同じように、何世代にもわたって受け継がれてきたものがあります。

野沢温泉の人々が大切にしている祭り文化です。

全国的に知られる1月の道祖神祭りだけでなく、夏から秋にかけても地区ごとの祭りがあります。

八尾自身も厄年を中心に約4年間、三夜講という仕組みのなか、深く祭りに関わってきました。

そこで知ったのは、外から祭りを見るだけでは分からない、村の仕組みでした。

年配者から若い世代へ、技術やしきたりが伝えられる。

同級生や世代の異なる人々がそれぞれ役割を持ち、一緒に動く。

高校卒業後に東京や海外へ出ていった人も、祭りになると村へ帰ってくる。

「祭りは、当日だけ見ればすごく華やかです。

でも実際には、その何倍もの裏方の仕事があります。

それを経験して、一番学んだのは『いいとこ取りをしてはいけない』ということでした」

文化を楽しむだけでは、文化は残らない。

誰かが準備をして、誰かが掃除をして、誰かが次の世代へ教えなければ続かない。

「これは祭りだけではなく、村そのものにも言えることだと思っています」

冬だけ素晴らしい村では、文化は残せない

世界中から人が訪れるスノーリゾートになっても、そこで一年を通して暮らす人がいなくなれば、村の文化は残りません。

祭りを担うのも、外湯を守るのも、次の子どもにスキーを教えるのも、この村で暮らす人たちです。

人口約3,300人の野沢温泉村でも、少子高齢化は大きな課題です。

「観光客がたくさん来てくれることはもちろん嬉しいです。しかしながら、冬だけ人が集まって、冬だけ仕事がある村では、長期的には文化を守れないと思っています」

必要なのは、観光客を増やすことだけではない。

春、夏、秋にも人が訪れる理由をつくる。

一年を通して仕事をつくる。

若い人が働ける場所をつくる。

家族で移り住める環境をつくる。

そこで子どもが生まれ、育っていく。

そして、その子どもたちがまた村の文化を受け継いでいく。

「循環」は、自然だけではなく、人にも及びます。

「仕事が生まれて、家族が暮らして、子どもたちが育つ。

そこまでつながって初めて、村の文化を次の世代へ渡せると思っています」

製品やブランドではなく、地域をクリエイティブする

八尾が今、自分の役割として考えているものがあります。

「地域のクリエイティブディレクター」です。

「日本コカ・コーラにいた頃は、そのブランドがもともと持っている価値を見つけて、それをどう人に伝え、好きになってもらうかばかりを考えていました。

今は、それを企業ではなく、地域でやりたいと思っているんです」

ただし、地域のクリエイティブとは、ロゴや広告をつくることだけではありません。

その土地にすでに存在する価値を見つける。

残すべきものを残す。

新しい役割が必要なら、新しいものをつくる。

そして、人と人をつなぎ、地域の未来そのものをデザインしていく。

「野沢温泉には、僕たちが発明する必要がないくらい、素晴らしいものがすでにあります。

世界の人が熱狂する雪がある。美味しい湧き水がある。温泉がある。スキーがある。祭りがある。文化がある。そして何より、それを守ってきた村の人たちがいる。

僕がやりたいのは、それを勝手に変えることではない。

もう若者ではありませんが、『よそ者、若者、ばか者』の精神で、その価値を見つけ、今の時代に合う形に翻訳して、次へつなぐことです」

ウイスキーを造ることが、目的ではなかった

冬だけではない野沢温泉をつくる。
その問いへの一つの答えとして、2022年に野沢温泉蒸留所はスタートした。

 

野沢温泉の水に、技術とクリエイティビティを加える。
蒸留所は、村にすでにある価値を新しい形へ変える場所でもある。

 

国籍もバックグラウンドも異なる仲間が、野沢温泉という一つの場所に集まった。
主役はあくまで、この村。

 

その問いに対する、一つの答えとして生まれたのが、野沢温泉蒸留所でした。

「最初から『ウイスキーを造りたい』が出発点だったわけではないんです。

冬以外にも野沢温泉へ来てもらう理由をどうつくるか。

一年を通して村の人たちや移住者が安定して暮らせる仕事をどうつくるか。

そして、この村に昔からある素晴らしいものに、新しい価値をどう加えられるか。

そこから蒸留所というアイデアにつながりました」

2022年、野沢温泉蒸留所はジンの蒸留からスタート。

そして、蒸留所が始まった当初から樽の中で静かに時間を重ねてきたウイスキーが、2026年、ついにリリースを迎えます。

 

 

野沢温泉に受け継がれてきた水や文化に、新しい価値を加え、次の世代へ渡していく。

そのために生まれた蒸留所は、一本のウイスキーを造るだけの場所ではありません。

では、この一杯は村の一年や人々の暮らしにどう溶け込み、野沢温泉と世界をどうつないでいくのか。

次回は、ウイスキーを通じて八尾が描く、野沢温泉村の未来をひも解きます。