【第2回】野沢温泉蒸留所が目指すシングルモルトとは? ブライオニー・ホアが語る味づくり
土地の記憶を、一杯のシングルモルトウイスキーに込めて
前回は、ワインメーカーとして30年近く世界各地で経験を積んできたブライオニー・ホアさんの歩みと、野沢温泉蒸留所との出会いについてお話を伺いました。
野沢温泉蒸留所でアドバイザーを務めるブライオニーさんは、ワイン造りで培った経験を活かし、シングルモルトウイスキーの開発にも携わっています。
彼女が大切にしているのは、「土地の個性」をそのまま一杯のお酒に映し出すこと。野沢温泉の湧き水や自然環境、そして独自の製法が重なり合うことで、この土地ならではの味わいが生まれます。
第2回では、野沢温泉蒸留所が目指すシングルモルトウイスキーの特徴や、香りのレイヤーを生み出す独自の発酵・ブレンド技術、そしてブライオニーさんが思い描く理想の味わいについて詳しく伺いました。
独自の発酵方法が生み出す香りのレイヤー

編集部:「フィルターなどを駆使して異なるレイヤー(香りの層)を作る」とおっしゃいましたが、具体的に他の蒸留所と何が違って、どのようなことをしているのでしょうか?
その大きな特徴のひとつが、ウイスキーの「ウォッシュ(発酵液)」を造る段階で、一部のバッチにおいて「穀物(麦芽の粒子)を残したまま(オン・グレイン)」発酵させるという選択をしていることです。
これによって、あるバッチは非常にドロっとした濃い発酵液になり、別のバッチはもっとクリアな発酵液になります。造ってから3年経ったウイスキーをテイスティングしてみると、このプロセスの違いが、全く異なる強烈な個性を生み出していることが分かります。
一方のバッチからは、オレンジピールの砂糖漬けや、オレンジトフィーのような、非常に力強いキャラクターが引き出されます。そしてもう一方のバッチからは、バニラクリーム、クレームブリュレ、焼き立ての洋菓子のような、美しく優しい風味が生まれます。
この2つをブレンドして合わせると、まるで極上のフランス菓子を一口で頬張っているような味わいになるんです。私には、スペインのデザートである「クレマ・カタラーナ」(柑橘風味のクレームブリュレのようなもの)の味わいがはっきりと感じられます。
テイスティングするたびにそのノートが現れるのですが、本当に美しく、甘ったるくないのに、どこか「甘み」を感じさせる素晴らしい仕上がりになっています。
シングルモルトウイスキーが持つ豊かな香りと余韻

編集部:このシングルモルトウイスキーを、ブライオニーさんならどのように表現しますか?
とても優しく美しい、バニラやキャラメル、焼き菓子のようなキャラクターと、華やかなハチミツの香りが感じられます。
グラスを鼻に近づけて香りを嗅いだ瞬間、フランスの焼き菓子「フィナンシェ」を目の前にしているかのような気分になります。「これから極上のデザートをいただくんだ」というワクワク感に包まれるんです。
そして実際に口に含むと、非常に滑らかで、素晴らしい「余韻(フィニッシュ)」が長く続きます。この余韻の長さは本当に重要です。ウイスキーを飲み込んだ後も、その素晴らしい味わいがパレット(口の中)にずっと残り続けます。特にアルコール度数が高いお酒を飲むときは、飲み込んだ後にその風味が五感の中で巡り続けることが大切なのです。
人の好みは千差万別ですが、私はこのスタイルが本当に大好きです。普段あまりウイスキーを飲まない方にとっても、素晴らしい入り口になると思います。一般的なバーで見かけるウイスキーとは一味違う、お菓子のような甘美なノートやユニークなキャラクターをきっと楽しんでいただけるはずです。
初心者にも楽しめるシングルモルトを目指して
ブライオニーさん(左)と同じく野沢温泉蒸留所アドバイザーのジェイスさん(右)
編集部:では、初心者にとって「良い入門書(素晴らしい体験)」のようなウイスキーになると言えますか?
はい、ウイスキーに馴染みのない方にとっても、間違いなく素晴らしい入門ウイスキーになると思います。
ウイスキー造りにおいて、使用する「オーク樽」の影響はとても大きいです。私たちはあえて少し使い古した(熟成を重ねた)オーク樽を使用しているため、木の香りが強烈に主張しすぎることはありません。ウイスキーによっては木(ウッド)の香りが全面に出すぎてしまうことがあり、それは無意識のうちに飲む人にとっての「障壁」になってしまうことがあります。ウッディすぎる香りを嗅いだとき、木をそのまま「食べたい」と思う人は普通いませんよね(笑)。最初にウッディさが来すぎると、少し敷居が高くなってしまいます。
しかし、私たちはオーク樽をより穏やかに、優しく作用させる方法を選んでいるため、そのようなツンとした木の香りはしません。その代わりに、発酵や熟成のプロセスから生まれる、ウイスキー本来の豊かなキャラクターが主役として引き立っているのです。
理想の味を追い求める3年間の熟成

ウイスキーは若いうちも美味しいのですが、少し角があってツンと尖った印象があります。熟成から約2年半が経った頃、私たちは本当に本格的なテイスティングを開始しました。
そこから、どのような風味に進化しているのかが見えてきました。テイスティングを進める中で、私たちは「始まり(アタック)」「中間(ボディ)」「終わり(フィニッシュ)」がはっきりと綺麗に整っている、優れた個別の樽を探し出していきました。すべての樽を一つひとつ、色、香り、味わい、余韻に分けてスコアをつけました。このようにテイスティングをしているときは、もはや「ウイスキー」というお酒を飲んでいる感覚すらなくなります。ただひたすら「フレーバー(味わい)」のことだけを考えているんです。
樽ごとの個性を見極め、理想のブレンドを探す

そうすると、同じ日に仕込んだ樽であっても、それぞれに驚くほど微細な個性の違いがあることが分かってきます。そして、特定の素晴らしい風味が現れ始めたとき、「これだ!」と感じるのです。先ほどお話しした「オン・グレイン(穀物ごと発酵)」のプロセスに話を戻すと、ある樽はオレンジのキャラクターが非常に強烈に出ていることがあります。でも、そればかりが強すぎてはダメなんです。その要素は必要ですが、主役になってはいけません。
そこで、ブレンドの比率(レシピ)を調整し、良い樽同士を組み合わせていきます。「これでどうだろう?」と自問し、「よし、素晴らしい!」となるときもあれば、「オレンジが強すぎるな」と配合を変えることもあります。あるいは「ハチミツのキャラクターが足りない」と思えば、ハチミツの香りが非常に強い別の樽を探してきて組み合わせます。そうして個々のピースを見極め、一つのパズルとして完成させていくのです。お酒造りの現場から始まり、そこからは何度も何度もテイスティングを繰り返す、長い道のりです。

このウイスキーは、樽の中で少なくとも3年間眠っています。
若い頃にも一度状態を見ますが、3年に近くなった段階で味を見て、「いや、まだ早すぎる」と判断することもあります。
逆に他の樽を見て、「これは完璧だ。美しいアタックがあり、素晴らしい余韻がある。まさに私たちが求めていたフィニッシュだ」となった瞬間、そこで熟成をストップさせ、「この樽を使おう」と決定します。
野沢温泉から届けたい、チョコレートやクレームブリュレのような味わい
樽のキャラクターが付きすぎてしまわないよう、その完璧なバランスの瞬間を見極めることが非常に重要です。
今年の年末にリリース予定のウイスキーについては、非常に幸運なことに、これから数週間のうちに樽から払い出される素晴らしい状態の原酒がいくつかあります。
これらは9月に向けて一度ステンレスタンクに移され、落ち着かせます。
これ以上ウッドの影響を与えたくないからです。私たちが皆さんに届けて、味わっていただきたいのは、「チョコレート」「クレームブリュレ」「バニラスライス」「パステル・デ・ナタ(ポルトガル風エッグタルト)」のような風味です。
まさにそれらの味わいを、そのまま感じていただきたいと思っています。
次回予告
野沢温泉の気候や湧き水は、シングルモルトウイスキーの熟成にどのような影響を与えるのでしょうか。
ブライオニー・ホアさんが語る、野沢温泉ならではの熟成環境や、おすすめの飲み方、そしてウイスキーに込めた想いをお届けします。