【最終回】「野沢温泉村でしか生まれない一杯へ」ブライオニー・ホアと考える野沢温泉蒸留所の未来

これまでのインタビューでは、ブライオニー・ホアさんが大切にする「土地の個性」という考え方、そして野沢温泉蒸留所が挑戦する独自のウイスキー造りについてお話を伺ってきました。

野沢温泉の湧き水、四季による大きな寒暖差、山々に育まれた自然環境。そしてこの村に受け継がれてきた暮らしや文化。野沢温泉ならではの要素を受け取りながら、発酵、熟成、ブレンドという長い時間をかけて、一杯のシングルモルトウイスキーへと形にしていく――。

そこには、30年近くワイン造りに携わってきたブライオニーさんの経験と哲学が重なります。

そして今、野沢温泉蒸留所にとって大きな節目となるファーストリリースの時を迎えようとしています。数年にわたる試行錯誤と情熱の積み重ねによって生まれた最初の一本は、単なる「最初の一本」ではありません。

そこには、この場所で積み重ねてきた時間と、野沢温泉という土地がもともと持っている物語が、新たな一杯として刻まれています。

最終回となる今回は、蒸留所の未来、これから10年、20年先に目指す姿、そして初めて世に送り出すシングルモルトに込めた想いについて、ブライオニーさんに伺いました。

野沢温泉に受け継がれてきた土地の記憶や物語が、ウイスキーという新たな形で次の世代へとつながっていく。

その先にブライオニーさんが思い描く、野沢温泉蒸留所の未来をお届けします。

試行錯誤の先に見えた、野沢温泉蒸留所のシグネチャースタイル

編集部:蒸留所の未来について、今最もワクワクしていることは何ですか?やはりウイスキーの完成でしょうか?

ブライオニー:本当にワクワクしています!

立ち上げ当初は、さまざまな種類の樽を試し、異なる発酵温度を試し、あらゆる変数に挑戦する機会を設けました。最初の1年は、とにかく手探りで「遊ぶ(試行錯誤する)」期間でしたね。

そして今、ウイスキーの成熟とともに、私たちのスタイルがしっかりと確立されつつあります。

私たちは、一見しただけでは気づかないような、とてもユニークな発酵技術を取り入れています。しかし、それらをブレンドする段階になると、私たちはその技術がもたらす素晴らしい味わいの違いをはっきりと実感します。

今、樽の中で熟成させているウイスキーのひとつに、本当に特別な製法で造っているものがあるのですが、それを表現するなら、まさに「ベルベットのソファ」です。しっかりとした骨格がありながら、ベルベットのようになめらかで、やさしく包み込むような温かさが重なっているような、そんな大好きな風味です。

これは間違いなく素晴らしいものになりますし、私たちのシグネチャースタイルになりつつあります。

口の中でただ消えてしまうのではなく、しっかりとした存在感がありながら、驚くほど滑らかなウイスキーを造り出したい。

私たちの技術がそこに進化していくのを見守ることは、本当にエキサイティングです。

10年後、20年後も愛されるウイスキーを目指して

編集部:10年後、20年後、人々がこのウイスキーについて何と言ってほしいですか?将来的な期待を教えてください。

ブライオニー: 私たちが新しいウイスキーをリリースするたびに、人々に心からワクワクしてもらえたら嬉しいですね。

新しいボトルが出るたびに、「野沢温泉蒸留所の新しいウイスキーならきっと特別な一本に違いない」と言ってもらえるようになりたいです。

野沢温泉蒸留所は、大量生産をするような大きな蒸留所ではありません。とても小さな規模で運営されていて、この蒸留所には並々ならぬ情熱とハートが注ぎ込まれています。

だからこそ、そのワクワク感を皆さんと共有したいのです。

なかには、ボトルを大切にコレクションして、「私は野沢温泉蒸留所の、記念すべき最初の1本を持っているんだ」と自慢してくれる人がいたら素敵ですよね。

10年後に、「私があの時、最初に造られたボトルのひとつを持っているんだよ」と言える自分を想像してみてください。本当に夢がありますよね。

ファーストリリースに込めた、5年間の想い

編集部:この「ファースト・リリース(初のウイスキー)」は、ブライオニーさんにとってどのような意味を持ちますか?

ブライオニー: 最初のリリースには、言葉では言い表せないほど興奮しています。

この最初のブレンドをテイスティングし、その進化をすぐ側で見届けられたことは、本当に光栄なことでした。私自身も心から気に入っていますし、サムをはじめとするブレンディングチームの全員がこの仕上がりに惚れ込んでいます。

でも、何よりも楽しみなのは、ついにこれがリリースされたとき、皆さんの顔にどんな笑顔が浮かぶかを見ることです。

私はこれまでにもいくつかの新製品の立ち上げに関わってきましたが、ボトル生産ラインから記念すべき最初の1本が流れてきて、それを手に取り、美しいボトルと素敵なラベルを眺めながら、栓を開けてグラスに注ぐあの瞬間は、本当に格別です。

そこには大きな祝福の空気と、「ついに私たちはやり遂げたんだ」という熱い想いが込み上げてきます。本当に長い旅路でした。

3年間の樽熟成というだけでも長い時間ですが、この蒸留所の歩み全体を見れば、実際には5年、6年におよぶプロジェクトです。

完成したウイスキーを初めてグラスに注ぐ瞬間は、言葉にできないほどエキサイティングな瞬間になります。

早く、皆さんの喜ぶ笑顔が見たいですね。

野沢温泉で生まれた一杯を、特別な時間として味わってほしい

編集部:この最初のシングルモルトを心待ちにしているすべての方へ、どのようなメッセージを届けたいですか?

ブライオニー:私たちの友人、家族、そして何よりも野沢温泉村の皆さんが、この最初のシングルモルトを手にする機会を得たとき、私たちがこれに注ぎ込んだ「情熱」「時間」「エネルギー」を、一口の中に感じ取っていただけることを心から願っています。

世界へ送り出す前に、まず野沢温泉村の人に味わってほしい。それがこのファーストリリースに込められた大切な想いのひとつです。

野沢温泉村でふと足を止め、山や村の風景を眺めるように、このウイスキーもゆっくりと味わってほしいのです。

一度立ち止まり、ゆっくりと考え、何気ない日常の中にある小さな幸せを感じられる、そんな温かい瞬間をこのウイスキーが届けてくれることを願っています。

土地の記憶を、一杯のウイスキーに込めて

全4回にわたり、ブライオニー・ホアさんに野沢温泉蒸留所での挑戦、そしてウイスキー造りに込める想いについてお話を伺ってきました。

世界各地でワイン造りに携わってきたブライオニーさんもまた、野沢温泉に魅せられ、この村の新しい酒造りに加わった一人です。

野沢温泉村を流れる湧き水の音、山々に育まれた植物、四季による気候の変化、そしてこの土地に暮らす人々の温かさ。

そこにしか存在しない「センス・オブ・プレイス(場所の個性)」を、一杯のお酒として表現することこそ、彼女が大切にしている酒造りの原点です。

野沢温泉蒸留所のウイスキー造りは、決められた答えを追い求めるものではありません。発酵や熟成、樽ごとの個性と向き合いながら、時間をかけてこの土地ならではの味わいを探し続ける旅です。

そして完成を迎える最初のシングルモルトには、野沢温泉蒸留所に関わるすべての人々の情熱、挑戦、そして長い年月が込められています。

ブライオニーさんが願うのは、ただ「美味しいウイスキー」を届けることだけではありません。

グラスを手に取り、香りを感じ、ゆっくりと味わう。

そのひとときに、忙しい日常から少し離れて、自分自身と向き合う時間を楽しんでほしい――。

それは、野沢温泉を訪れた時に感じる、深呼吸したくなるような穏やかな時間と同じなのか もしれません。

一杯のウイスキーを通じて、野沢温泉村の空気や物語を感じてもらうこと。

野沢温泉に昔から息づいてきた物語や、この土地だけが持つ空気をブライオニー・ホアさんが一杯のウイスキーに映し出しているのです。

これから先、10年、20年と時を重ねる中で、このウイスキーが多くの人に愛され、誰かの大切な記憶に残る一杯となってほしい。

そして、野沢温泉に受け継がれてきた土地の記憶や物語をウイスキーという新たな形に映し出し、次の世代へとつないでいく。

野沢温泉で長く受け継がれてきた物語に、今、新しい一杯が加わろうとしています。